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東京高等裁判所 昭和30年(う)2670号 判決 1956年2月27日

控訴人 原審弁護人 松岡憲

被告人 安時然

弁護人 佐々木茂

検察官 小出文彦

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人佐々木茂作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて考察するのに、覚せい剤取締法第一四条第一項が禁止する覚せい剤の「所持」とは覚せい剤であることを知りながら、これを事実上自己の実力支配内に置く行為を指称し、積極的にこれを自己又は他人のため保管する意思の有無又はその行為の目的、態様の如何を問わないものと解するのを相当とするところ、被告人の検察事務官に対する供述調書によれば、被告人は、朴某が被告人方に持ち込んで置いて行つた原判示覚せい剤をその覚せい剤であることを知りながら、そのまま自己の実力支配に属する自宅居室内に留めて置いたことを認めるに足り、その他原判決挙示の各証拠によれば原判示事実を優に認めることができるから、仮に所論の如く、右覚せい剤は、被告人が、その保管方を拒んだのに拘らず、右朴某が勝手に被告人方居室に置き去つたものであつたとしても或は仮りに被告人がこれを同人のため預る意思もなければ、自らこれを密売する目的もなく、隠匿もしなかつたとしてもその所為は、覚せい剤不法所持罪を構成するものといわねばならない。されば原判決の事実認定並びに法令の適用には、何等の過誤もない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

弁護人佐々木茂の控訴趣意

一、所持に至つた事由 原判決は被告人が覚せい剤四八本を所持していたことを認定しているが、法律上「所持」と認め難いものである。被告人の弁解するところは「名前の知らない人」が遺留したものであり、自己の意思に因り友配し保管していたものではないというにある。(イ)供述調書(昭和二九、八、二七横浜地検に於ける)によれば、その第二項(記録二七丁-二九丁)で「八月二三日の午前十時頃、以前私の家の部屋を貸していた朝鮮の女(年は三〇位で名前は判りません)が来て、一寸休ませて下さいと申しました。此の女はひどいポン中であることを知つておりましたので部屋を貸してやつてそこでポンでも射つたりしては嫌だと思つたので私は嫌だと断りましたが其の女は、一寸だけでよいからと云つて二階へ上つてしまいました。其の時女は左手に新聞紙に包んだものを、右手にハンドバックを持つて居りました。私は、その新聞紙包みをヒロポンである事は直ぐ判りました」と述べて、氏名不詳ながら特定の相手であることを並びに自己の意思に反して持込まれたものなることを判然とさせている。「私は其の侭お勝手で洗濯をしておりましたら、一時間ばかりで降りて来て私に、姉さん二階にくすりを置いて来たから直ぐに取りに来るからおかして下さいと云いました。私は先刻持つて上つた新聞紙包みのヒロポンがそれだなあと判りましたのでそんなものを預つて居たんではとんでもない事になると思つたので、そんな物を置いて行かれては困ると断ると本人は、ほんの一寸の間だから、いいぢやないかと云い乍ら出て行つてしまいました。仕事が忙しかつたので私はそのまま仕事を続け二階に上つてみませんでした。するとその日の午後三時頃に警察の人が家宅捜査に来て二階の三帖間の子供の着物の下に置いてあつたヒロポンを見付け出したのであります。」(記録二九丁)被告人の弁解の通りとすれば被告人は氏名不詳の人の品物を保管の意思がないにも拘らず保管していたと同一の状況に置かれてしまつたのであり密売等の不法の目的で保管していたものでないことが明らかである。(ロ)隠匿して所持していたものでない。捜査調書(記録一八丁)及差押調書(一九丁)にはいづれも「被疑者自宅二階三畳の角に新聞紙に包んだ覚せい剤注射液四cc入無標アンプル四八本を発見した」云々と記載されておることから被告人が秘匿していたものでないことが裏付けられる。仮りに被告人に秘匿の意思があるならばこのような発覚可能な場所に保管することはあり得ない。通常、ポン密売者たちは慎重に隠匿する場所を研究し、このような場所に「所持」することはないからである。(ハ)刑法上の所持は占有と同意義である。民事上、所持は占有の体素であるが、刑法上所持は占有と同一の意義に用ひられる。本件のごとき保管は一時預りや列車の車掌の手荷物保管と同様に「所持」とは認められないのである。従つて原判決が被告人の保管を所持と看做して刑法上の責任を追求したのは不当であり苛酷である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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